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2007/11/01

2007年11月号(Vol.139)「行って良かった!」 「行かせて良かった!」

「行って良かった!」
「行かせて良かった!」

オーストラリアホームステイ Part 2

 先月号では、この8月に実施したオーストラリアホームステイ&現地校での交流プログラムをどのように過ごしたか特集しました。
 今回は、参加者のアンケートや感想文をご紹介します。参加者は異文化の中で何を感じ、何を得たのでしょうか?


「自分の英語が通じたのがうれしかった」

   おかじま たかし(小4)

 ぼくは、とてもワクワクしていました。オーストラリアへ向かう飛行機の中ではよく眠れませんでした。
(中略)リージェントスクールに行ってホストファミリーに会いました。学校の先生をしているヤニとジャネス、11歳のケイルブがいました。とてもやさしそうでぼくはほっとしました。学校の皆さんにあいさつして、ケイルブの家に行きました。ホストファザーやマザーはぼくをかんげいしてくれました。2人ともぼくのりょうしんよりもずーっと年上みたいでした。
 学校のみんなは、やさしい人ばかりでした。おり紙を教えてあげた時は、覚えるのが早くてびっくりしました。習字の時は、書き順がめちゃくちゃで笑ってしまいました。学校では、サッカーをしたり、クラッキーというスポーツが楽しかったです。
 食事は、ぼくの食べたいものや好きなものを出してくれたのでおいしかったです。けれど、ポリッジはすごくまずかったです。
 ホストファミリーは英和辞典を用意してくれていて、わからない言葉は指さして教えてくれました。ゲームセンターに行ったり、海へ魚釣りに行きました。家にはトランポリンがあったり、動物がたくさんいて面白かったです。2歳のナイスンはすごくかわいくて、ぼくになついてくれました。みんなとても親切にしてくれたことが一番印象に残りました。
 ぼくは、自分の英語が通じたのでうれしかったです。もっといろいろな単語を覚えてみたいと思いました。これから世界中の人と会話ができるようになりたいです。

■尚志君はニッセイトに2歳で入学、もう7年通っています。彼は学校でも積極的にオーストラリアの友だちに話しかけていました。「英語、上手だね」と言われると「英検3級受かっているから」と答えていました。小3の時に合格したことが大きな自信になっているようでした。英検3級というレベルはほぼ中学校3年間の内容が出題されます。よく英会話は中学校の英語が使いこなせれば十分なコミュニケーションが取れるといいます。しかし、多くの人は聞き取れなかったり、英語が知識だけで終わっています。使えたらこんなに楽しいのに・・・。尚志君は正にこのことを実践しているようでした。まったく困っている様子がありません(笑)。このことはひとえに彼の性格によるところも大きいと思いますが、コツコツと努力をしてきた賜物でしょう。


「もっといたかったな…」

   たかざわ ゆうと(小4)

 ぼくはオーストラリアへホームステイに行ってきました。パースの外はとても寒かったです。ぼくのステイした家はタモンという男の子の家です。タモンの家はお父さんがいないけども、かわりにブレッドが遊んだり一緒に食事をしたりしました。タモンのお母さんはジェイミーです。ジェイミーはとてもしっかり者でたくさんの世話をしてくれました。
 オーストラリアなどの世界はバスルームとトイレはくっついているはずなのに、タモンの家はくっついていませんでした。でも、くつをはいたまま家に入るのはきょうつうでした。
 日本との違う習慣は教会にいくことです。学校は、始まる時間が日本よりおそく、授業数も少なかったです。でも、授業時間は、日本より長かったです。学校から帰ってまず最初にすることは宿題でした。宿題が終わったらぼくは自由でしたが、タモンはものすごくいそがしそうでした。水曜日の夜はフットボール、土曜日がヤマハのピアノの練習と日本語の教室に通っていました。
 タモンの家の習慣は星を見ることと、今日良かったことや、今日悪かったことを夕食のとき、いつも話をしていました。 日本に帰る時、「もっといたかったな」という気持ちでいっぱいでした。

■佑斗君はいつも片手に『旅の指さし会話帳、オーストラリア』というガイドブックを持っていました。そのガイドブックにはオーストラリアの生活習慣やホームステイの海外生活の表現が載っています。その本はもうかなり使い込まれている感じで、いろいろと下準備してきた様子が見てとれました。すごくいいチャンスだから少しでも有意義な体験ができるようにという保護者の方の愛情がうかがえました。佑斗君はオーストラリアで一番嬉しかったことにホストファミリーから”You
speak good English.”・と言われたことをあげていました。努力してきたことが誉められたことは彼にとっても大きな自信になったようです。


「ホームシックになってしまいました」

   ひらた あやか(小4)

 1日目はだれがホストファミリーか楽しみで、少しこわかった。ホストファミリーの子供は1人でその子は、Danaya(ダナヤ)という名前だった。お母さんはナターシャ、お父さんはニコライ。みんな変わった名前だなと思った。ぜったいに日本ではありえない名前だった。
 プレゼントをあげたら、「サンキュー、サンキュー!」と言っていた。ものすごくうれしかった。夜に手作りの人形とボール、一番お気に入りの本をくれた。オーストラリア人はとても親切だと思った。
 2日目朝、あまりに家族みたいにしてくれるので、自分の家族のことを思い出し、泣いてしまった。学校では、ダナヤがたくさんの友だちをしょう介してくれた。名前はわすれてしまったが、せの高い大きい子がすごくなかよくしてくれて、自分の妹のようにしてくれた。ものすごくうれしく、初めてで少しおびえていたわたしは、その子に出会えたおかげで学校がすごく面白いところへと変わった。わたしはその子に感しゃしている。

■言葉の不自由な異国でひとりホームステイ。さぞ緊張が続いていたことでしょう。当然といえば当然と言えるかもしれません。でも、ホストファミリーが家族のように接してくれるから自分の家族を思い出して寂しくなったというのはなんともしおらしいですね。彩夏さんは、2日目からは寂しさに耐えられず、もうひとりのホームシックになった女の子の家庭に滞在することになりました。アンケートには、「少し言葉をおぼえられたこととたくさんの友だちができたことが楽しかった」とありました。ホームシックを乗り越え、最後まで楽しく過ごせたことは次への大きな自信になったに違いありません。
※紙面の都合上、全員の作文を紹介できないのが残念です。それぞれの参加者は、人との出会いの中でいろいろなことを学んできたようです。ひと夏の大冒険、きっと一生の宝ものになったに違いありません。


【その他、保護者のアンケートより】

●今回、子供を安心して海外に送り出せたのも「ニッセイト」への信頼関係があったからこそ! 子供が自分から「行く!」と言ったのも日頃の先生方、教室の雰囲気も大きな要素だったと思います。そのようなチャンスを与えてくださり感謝しております。きっと本人にとってのちのちになるにつれ良き思い出として心に残っていくことと思います。「行って良かった!」という言葉を聞けて私もうれしく思います。また、チャンスがあれば行かせたいです。

   佐久間かおり(未紗さんのお母さん)


●オーストラリアでの学校生活はとても楽しかったようです。ただ、ホストファミリーのお家では相手の言っていることは分かるらしのですが、自分の言いたいことをうまく伝えられなかったことにもどかしさを感じていたようです。普段、人任せの生活を送っているのでそれではいけないことにようやく気付いたようです。この経験を生かしてこれからの生活をしっかり送っていってくれれば、と思っています。   

 平田千都子(彩夏さんのお母さん)


●春にこのホームステイの話を聞いた時から、佑斗は「ぼく、行く!」と即決しておりました。親の目から見ても彼はホームシックにならないタイプだと確信しておりました。実際、参加を決めてからは英語の勉強も通常の倍は時間をかけ、1つでも多くの単語を覚えて使えるようにと親子で時間をつくり努力しました。これは、3人兄弟という環境の中で私が佑斗にしてやれる一番の贈り物だったと思います。私自身の勉強にもなりました。
 出発直前の1週間前くらいからは少しでも文章でしゃべれるようにと英語で日記を書かせる練習をしてみました。初日は思うように文章にできず、すぐ諦めてしまう様子もありましたが、日々努力したことは無駄にならなかったようで、短い文章でしたが自分の気持ちを少しでも英語で伝えようとする力がついたと思います。
 現地での生活は予想通り楽しかったようで、彼はのびのびとした様子で帰国しました。ホストファミリーは、受け入れが初めてだったようですが、食事の面倒から洗濯、通学、アフタースクール、フリータイムとこちらが思っていた以上に親切にして下さって本当に感謝しています。これを機会に彼は、「留学したい!」という気持ちも出てきたようです。

  高沢陽子(佑斗君のお母さん)


編集後記

Seeing is believing. (百聞は一見にしかず)

 映画やテレビでも海外の生活の様子は手軽に知ることができるようになりました。しかし、人から聞いたり、映像で見ても、実際自分の目で見て感じるのとは大違いです。今回の企画を経て参加者は海外がより身近に感じられるようになったのではないでしょうか。そして、英語が使える喜びを肌で感じることができたのではないでしょうか。参加者の中には、次は「別の国に行ってみたい」「今度は留学したい」といった次の目標や夢が芽生えてきたようです。読者の方にとっても、今回の体験談が今後の英語学習において何らかの指標になったら幸いです。