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2003/11/01

2003年11月号(Vol.94)小さなバイリンガルは     こうして生まれました

 小さなバイリンガルは
こうして生まれました

 池袋スクールに通う璃旺(りお)ちゃんは、10月で3歳。状況により日本語と英語を使い分けます。バイリンガルと呼ぶにはまだ早いかもしれませんがその素養を十分に発揮。璃旺ちゃんが今までどのように英語に親しんできたのかをお母さんに聞いてみました。


–璃旺ちゃんが3月の体験レッスンに来た時、Libby先生は彼女があまりに綺麗な発音の英語で話しかけてくるのでネイティブではないかと思ったそうです。ご家庭ではどのように英語を勉強されてきたのですか?
きっかけは生後3ヶ月頃です。英語教材(ディズニーの英語システム)のサンプルビデオを与えると、それまで泣いていても急に泣き止みました。ただし、これは英語に興味があった為というより、画像や音楽に興味を引かれたのでしょう。私どもは夫婦共に仕事上、英語に触れる機会が多く、英語が苦手で苦労しました。ですから、子供ができたら幼い頃から英語に親しませようと思っていました。目標は、話せることよりも聞きとりができることで、バイリンガルに育てようと思ったことは一度もありません。英語を聞きとる耳ができていれば英語に関する苦労は半減し、楽しいものとなるに違いないと確信していましたから。

–教材は生活の中でどのように活用されてきましたか?
娘に教材を与えた生後4ヶ月頃から私が家事に集中したい時や娘の機嫌がひどく悪い時に、DVDをつけていました。8ヶ月頃からは同時に機械に流すカードを聞かせていました。カードを流し始めた時はボーッと見ているだけで、覚えるなんてとんでもなく、無理だからやめようと何度も思いました。しかし、DVDを見ると口を動かしていたので、とにかく繰り返して流しました。すると1ヶ月くらいたったある日、何枚かのカードを取り上げて、機械に流すことなく、たどたどしい口調で言えるようになっていたのです。1歳2ヶ月頃からは娘が自分の見たいDVDを選ぶようになったので、教材の指針には関係なく見たいものを見たいようにどんどん見せていました。多い時には5時間も英語に親しんでいました。といっても常にTV画面を見ているわけではなく、英語の流れている中でお絵かきをしたり、パズルをしたり、積み木をしたりしていたのです。

–英語での話しかけも積極的にされているようですが。
はい。私達両親とも、たくさん英語で話しかけをしています。大げさかもしれませんが生活の50%は英語だと思います。私は英語力がなく、単語の羅列だったり、正しい文章ではないですが(よく、主人に文法を直されます)、とにかくたくさん使う努力だけはしています。主人には、ほとんど平日娘と顔を合わせる機会がありませんが、土曜日から日曜日にかけてたくさん娘と英語で遊んでいます。父親との会話は冗談めいたことも英語で表現するので娘にとってはとても楽しい時間のようです。ただ主人も今なお勉強中で、時折疲れて日本語で答えてしまったりしています。私たちにとってこうした生活に努力という文字はなく、既に当たり前になっています。生後間もない頃に娘に英語のビデオを与えて以来、娘が知っていてもいなくても、「This is red. Do you like red ? 赤色よ」「もう、いらないの?お腹いっぱい? Are you full ? 」等と続けてきました。 もちろん、娘はひと言も答えませんでしたし、私たちは答えを待っていることはなかったのです。やがて娘は単語を口にするようになり、いつの間にか文章に、そして「Do you like ….. ?」と私たちに質問をするようになっていました。私と娘の間の会話は、文法的にも乱れており、何でもありになってしまっています。これは、私の英語力のなさからやむを得ないことであり、また私がそれでいいと考えているからでもあります。英語は言葉であって、相手に自分の意思を伝える為の手段なので、伝わることが一番。いずれ娘が長じてゆけば、TPOで使い分けるだろうと思っています。

–英語の勉強を始められたことで日本語に支障を感じられたことはありますか?
いいえ、全く。むしろ逆です。娘が単語を話すようになった時のほとんどは英語でしたが、あまり差もなく日本語も口にするようになりました。熟語やカタカナ言葉を覚えるのも早く、またハッキリと発音するので、周囲の人は驚いていました。何の根拠もありませんが、私自身は幼い頃から多言語に触れているうちに耳はもとより、口の筋肉も多方面に鍛えられたのかもしれないと思っています。

–ニッセイトを選んだ理由を聞かせてください。
娘の上達に家庭内だけでは応えてゆけないことに気づき、幾つかの英語教室の体験入学に行ってみました。娘はとても敏感で、雰囲気ひとつで楽しそうだったり、つまらなそうだったりしていました。御校ではドアを開けてすぐ楽しそうに笑い、いつも通っている場所かのように遊び始めたのです。さらにレッスンでは少し恥ずかしながらも、すごいハイテンションで過ごしました。帰宅してからも、「またLibbyのところに行きたいなぁ」の連続だったのです。親の目からみても、こぢんまりとした教室は全部が見通せるようで安心できました。またクラスの運び方も、本当に上手でした。スタッフの方も小さな子供の注意を引くように様々な努力をしてくださり、その姿勢に感心したからです。

–現在、通常のレッスン以外にプライベートも受けられていますよね。どんな上達が見られますか?
ひと言で言うのは、ともて難しいくらい素晴らしいものがあります。英語で会話がきるという自信、英語で会話をして通じ合うことができるという満足感みたいなものを得たようです。最近は通りすがりやエレベーターで一緒になった外国の方によく話しかけたりしています。先日は、百貨店で可愛らしい子供服を着たマネキンの前で、それをずっと見ている金髪の女の子二人を見つけて、禰ey! Do you like this? I don稚 like thisone. I like blue one. How about ….?・と飛び切りの笑顔とともに大きな声でまくしたてたのです。ところが話しかけたその子は英語を話さないそうで(後で、お母様に聞いたのですが)驚きのあまり泣き出し、私は女の子のお母様から英語でまくしたてられてしまいました(笑)。

–これからの璃旺ちゃんに期待していること、将来の目標などありましたら聞かせてください。
英語に関しては興味があればあった時に、好きなだけ、好きな方法で身につけていってくれればと思っています。理想は日本の普通の学校で日本の風土や文化の上に根ざした教養を身につけ、その上で世界の人達とコミュニケーションが取れ、彼女の言葉が世界のたくさんの国や人の相互理解に役立つことができるようならいいと思います。

–ありがとうございました。お話を伺っていて璃旺ちゃんがこんなに楽しそうに英語を使っている理由がわかりました。やはりご家庭の弛まぬ努力があったんですね。努力が既に習慣化してしまい、当たり前になっているという言葉はとても印象的でした。


これって英語?

ショート short?!

ニ塁と三塁間を守るショート「遊撃手」は英語でshort stop といいます。何がショート「短い」かというと、短いバウンドの球がくる守備位置だから。でも遊撃手は二塁と三塁の間の深い位置を守っていて、そんなに短いバウンドは来そうにありませんよね。実は、1830年代頃、野球は10~12人程度で行なわれ、投手が1人、捕手が1~2人、内野手が5人、外野手が3~4人だったそうです。投手の後ろの両サイドに内野手がもう二人位置し、その内野手のことを”short stop” と呼びました。その後、人数が9人に減らされてもその名前だけはそのまま残ったということです。ちなみに一塁手は first baseman、二塁手は second baseman、三塁手は third baseman といいます。


編集後記

Rome is not built in one day. (ローマは一日にしてならず)

かつての栄えたローマがそうだったように、“スゴイ”と思われる人の英語力も一日で培ったものではありません。そこまでには数々の失敗、試行錯誤があったはず。ついつい結果だけを見比べ、「あの人はスゴイ!」「自分とは違う!」と思ってしまいがちですが、一番の違いは「最後まで諦めずにやり遂げようとする強い意志があるかないか」なのかもしれません。